東京高等裁判所 昭和61年(行ケ)65号 判決
一 請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、二(本願発明の要旨)及び三(審決の理由の要点)の事実は、当事者間に争いがない。
二 そこで、原告主張の審決の取消事由の存否について判断する。
原告は、第一引用例記載のものについて、槽内湿し水の組成を均一化するための攪拌手段(19)、(25)が設けられているとした審決の認定は誤りであり、審決は、本願発明と第一引用例記載のものとの間の攪拌手段の有無に関する相違点を看過している旨主張するので、この点について検討する。
1 成立に争いのない甲第一一号証によれば、第一引用例には、「このように調整した湿し水はこれを前記外函(11)の上部において駆動用モーター(18)に直結した循環用ポンプ(19)の吸引管(20)により適量ずつ吸上げて吐出管(21)により大部分を主流として後述のように湿し水受皿(4)からの排水路(22)により既記主水槽(12)に導入するように強制循環させると同時に、残りの比較的小部分を湿し水受皿(4)への補給に充当するのであるが、これがためには、例えば第3図に詳示するように、既記ポンプ(19)の吐出管(21)中で湿し水受皿(4)の下方に向う部分に噴射ノズル(23)を成形すると共に、これに対し湿し水受皿(4)における既記排水管(8)には上記ノズル(23)と共通軸線関係のもとに対称両端以外の部分を適当間隔のもとに包囲することにより相俟つて強制吸引型のインゼクターを形成するための部分的拡大部(24)を設け、以てノズル(23)からの連続的噴射液流を中心としてその周側の背後に生ずる真空作用を利用して湿し水受皿(4)からの排水管(8)による吸引力を強化しつつこれにより湿し水受皿(4)内における液面部から外気と相共に強制的に吸引される不用雑物をノズル(23)からの主流により奪取させて帰還用管路(22)を通じ既記外函(11)における主水槽(12)の上方に着脱自在に吊下したフイルター(25)に連続的に放出するようにし、」(第二頁右上欄第一八行ないし右下欄第三行)、「別に前記ポンプの吐出側には送出水の比較的小部分を湿し水受皿に向つて補給すると同時に残りの大部分を主流として主水槽に導入しつつ循環させるための帰還路を設けてこの帰還路には自体内流通水を噴射させるためのノズルを軸心としてこれに湿し水受皿からの排水を強制的に誘引参加させつつ相共に主水槽内へ導入するようにインゼクターを設けて成る」(第一頁左下欄第一三行ないし末行)とそれぞれ記載されていることが認められる。
右記載によれば、循環用ポンプ(19)は、直接的には、主水槽(12)内の湿し水を吸引管(20)により適量ずつ吸い上げて吐出管(21)に送り出す作用をするが、右作用によつて、一つには、循環用ポンプ(19)によつて送り出した湿し水の大部分を主流(吐出管(21)から噴射ノズル(23)に流れる部分)として湿し水受皿(4)からの排水管(8)による自由吸引に利用させた後、帰還用管路(22)により主水槽(12)に導入するように強制循環させるとともに、右吐出管(21)よりの比較的小部分を湿し水受皿(4)へ補給させ、さらに、右湿し水の強制循環を利用した排水管(8)による吸引により、湿し水受皿(4)からの排水及び湿し水受皿(4)内(表面部)の不用雑物を液面部から外気と共に吸引し、これを主流によつて奪取させて、帰還用管路(22)を通じ主水槽(12)の上方に吊下したフイルター(25)に連続して放出させるという作用をなすものであるということができる。
前掲甲第一一号証によれば、第一引用例にはフイルター(25)の作用について明示されていないことが認められるが、その本来の機能からみて、湿し水受皿(4)内から吸引された不用雑物を含む還流水を濾過するものであることは明らかである。
右のとおり、循環用ポンプ(19)及びフイルター(25)は主水槽(12)内の湿し水を吸い上げ、その一部を湿し水受皿(4)に補給するとともに、右受皿(4)内の不用雑物を吸引し、これを濾過することを目的として設けられたものであり、主水槽(12)内の湿し水の組成を均一化するために湿し水を積極的に攪拌する作用をなすものではない。
もつとも、循環用ポンプ(19)による湿し水の循環作用に伴い、主水槽(12)内の湿し水は、一方では吸引管(20)により吸い上げられ、他方では主水槽(12)内に吊下したフイルター(25)内に循環後放出されるから、主水槽(12)内で湿し水の流動が起こることは否定できない。しかし、湿し水の右流動は、主水槽(12)内全体の湿し水の組成を均一化するために積極的にかきまぜる作用をなすものではないから、主水槽(12)内における右流動により湿し水が攪拌されているということはできない。
2 被告は、湿し水はインゼクター作用を経て主水槽(12)内のフイルター(25)に放出されるのであるから、管路(22)の放出端における循環水及び空気(排水管(8)より吸入された空気)の流速は高速であつて、フイルター(25)の存在により多少減速されることを考慮しても、この循環水及び空気の流速の結果、主水槽(12)内の湿し水はかきまぜられることになる旨主張する。
しかし、フイルター(25)内に放出された湿し水がフイルター(25)内でかきまぜ作用をするとしても、右かきまぜ作用はフイルター(25)によつてほとんど遮断されるものと認めるのが相当であり、したがつて、右かきまぜ作用によつて、主水槽(12)内の湿し水が全体にわたつてかきまぜられるとは到底認め難く、被告の右主張は採用できない。
次に、第一引用例の第三頁左上欄第一四行ないし第一九行に、「インゼクターの利用により湿し水の大部分を強制循環させるようにしたことは(中略)主水槽内における湿し水を常時流動させて冷却管による冷却作用を促進させることができる」と記載されていることは当事者間に争いがないところ、被告は、右記載内容からみても、主水槽(12)内の大部分の湿し水に対して攪拌作用を伴つていることは明らかである旨主張する。
しかし、主水槽(12)内における湿し水を常時流動させて冷却管による冷却作用を促進することが、主水槽(12)内における湿し水の組成を均一化するように攪拌することと結びつく証拠はなく、したがつて、主水槽(12)内の湿し水の右流動が攪拌作用を伴うものということはできず、被告の右主張も理由がない。
さらに、被告は、一般に液槽内溶液のPH値や温度を的確に測定するに当たつては、溶液が均一な状態でなければならず、そのために液槽内溶液を攪拌すること及び溶液を攪拌するのに槽内に攪拌機を設けることが周知の技術であることを理由として、第一引用例記載のものにおいても、湿し水の温度が均一になるように循環用ポンプ(19)を設けて湿し水の大部分を強制循環させるとともに、主水槽(12)内の湿し水を常時流動させているのであるから、主水槽(12)内に攪拌機が特別に存在しなくとも、循環用ポンプ(19)からフイルター(25)に至る部分が主水槽(12)内の湿し水に攪拌作用をもたらしている旨主張する。
しかし、仮に、一般に液槽内溶液のPH値や温度の測定に当たつて、液槽内溶液を攪拌すること及びそのために攪拌機を設けることが周知の技術であるとしても、第一引用例記載のものには、主水槽(12)内の湿し水の組成を均一化するために攪拌手段を用いるという技術的思想はなく、また、一般の印刷用湿し水の調整槽において、湿し水の組成を均一化するための攪拌手段による攪拌条件下で、湿し水のPH値及び温度を所定の範囲内にあるように制御する技術手段を用いることが周知あるいは慣用の技術であることを認めるべき証拠はないから、第一引用例記載のものにおいて、主水槽(12)内の湿し水が循環用ポンプ(19)及びフイルター(25)によつて攪拌作用を受けているということはできず、被告の右主張も理由がない。
以上のとおり、第一引用例記載の循環用ポンプ(19)及びフイルター(25)は、槽内湿し水の組成を均一化するための攪拌手段であるとはいえないから、第一引用例記載のものについて、槽内湿し水の組成を均一化するための攪拌手段(19)、(25)が設けられているとした上、本願発明と第一引用例記載のものとは、槽内湿し水の組成を均一化するための攪拌手段を設けている点では共通しているとした審決の認定は誤りであり、審決は、攪拌手段の有無に関する両者の相違点を看過したものである。
そして、右相違点の看過が審決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから、原告主張のその余の取消事由の存否について検討するまでもなく、審決は違法として取消しを免れない。
三 よつて、審決の取消しを求める原告の本訴請求は正当としてこれを認容する。
〔編註〕 本願発明の要旨は左のとおりである。
印刷機側の湿し水受器よりの還流水と給水源からの配管を導入するとともに、前記湿し水受器に順次湿し水を供給するようにされた調整槽に槽内湿し水の組成を均一化するための攪拌手段による攪拌条件下で該調整槽に配設された酸又はアルカリ供給源からの添加量を同じくこの調整槽に設けられたPH検出機構からの信号によつて常にPH五・〇ないし六・五の範囲において標準PH値±〇・一のPH値を採るように制御し、さらに該調整槽に附設された加熱及び冷却機構のいずれかを測温機構からの検出信号によつて九度Cないし一五度Cの範囲内で標準温度±二度Cを採るように制御することを特徴とする印刷用湿し水の管理方法。